欠陥と対策 6(焼戻し時の欠陥と対策)
1)焼戻割れ
Ⅰ)現象と原因
焼戻し時に生じる割れのこと。焼戻しによる組織変化や焼入れ後の残留応力の除去により生じる。急加熱や急冷により生じやすい。とくに、高速度鋼などのように2次硬化するもので生じやすい。またSKD11などでは質量の大きい場合、空冷でも割れることがある。脱炭層のある場合(とくに、高速度鋼類)にも生じやすい。
Ⅱ)害
熱処理時に気がつかない場合、工具など使用時に破損・早期破壊を生じる。
Ⅲ)検出方法
1)浸透探傷法
2)磁粉探傷法
3)塩酸または硝酸溶液で腐食すれば割れが強調されて出てくる。
Ⅳ)対策
1)焼戻しのとき徐加熱を行う。
2)焼戻し前に脱炭層を除去し、焼戻温度からは徐冷する(高速度鋼、ダイス鋼など、)。
2)焼戻脆性
(2-1)300℃脆性〈低温焼戻脆性、500°F脆性ともいう〉
Ⅰ)現象と原因
300℃付近に焼戻ししたものが、その後に衝撃力を受けたとき脆性的に破壊(波面がフラットな破壊)する。例を図4.1.12に示す。焼入れで生じたマルテンサイト組織から焼戻し時に炭化物が析出すること、あるいは固溶炭素により転位が強く固着された状態にあることなどが一因とされている。
Ⅱ)害
使用中に予想外の力で破壊を生じる。
Ⅲ)対策
1)300℃付近の焼戻しを避けること。
2)Si、AI、Ti、B、Vなどの添加は有効である。
3)リン、窒素の低減は有効である。
(2-2)第1次焼戻脆性
Ⅰ)現象と原因
450~525℃付近に焼戻ししたものが、その後に衝撃力を受けたとき脆性的に破壊(破面がフラットな破壊)する。焼入れ前のオーステナイト粒界にそってリンなどの不純物元素が偏析し、粒界結合力を弱めるため生じる。Mn-Cr,Mn-Ni,Cr-Ni,Cr-Ni-Mn鋼などで生じやすい。冷却速度の影響は小さい。
Ⅱ)害
使用中に予想外の力で破壊を生じる。
Ⅲ)対策
1)MoまたはWの添加を行う
2)リンを低減する。
3)急速加熱による短時間焼戻しを行う。(ただし、同一強度にするには焼戻温度は高くなる)
4)焼入温度を低くし、オーステナイト粒を小さくする。
5)不完全焼入れ時に生じやすいので、焼きを完全に入れるようにする。
(2-3)第2次焼戻脆性
Ⅰ)現象と原因
525~600℃付近で焼戻しし、徐冷したものがその後に衝撃力を受けたとき脆性的に破壊(破面がフラットな破壊)する。焼入れ前のオーステナイト粒界にそってリンなどの不純物元素が偏析し、粒界結合力を弱めるため生じる。Ni-Cr鋼で生じやすい(例を図4.1.13に示す)。
Ⅱ)害
使用中に予想外の力で破壊を生じる。
Ⅲ)対策
1)焼戻温度から急冷(油または水)する(例を図4.1.14に示す)。(ただし、高速度鋼類は急冷によって焼戻割れを生じるから徐冷のこと。この種の鋼は徐冷しても第2次焼戻脆性は現れない)
2)MoあるいはWを添加する。
3)リンを低減する。
※文末資料
図4.1.12 炭素鋼の焼戻しによる硬さ、衝撃値の変化
図4.1.13 ニッケルクロム鋼の焼戻しによる衝撃値の変化(C0.35%、Ni3.44%、Cr1.05%、Mn0.52%)
図4.1.14 焼戻温度からの冷却速度による衝撃値の変化(クロム鋼C0.4%、Cr0.8%、Mn0.8%)